2018年 01月 28日 ( 2 )

 

1月28日 善哉の日

午前中、妻は華道に出かけたので、ゆったり珈琲を飲みながら朝を過ごす。
で、掃除、洗濯を済ませ、愛犬と散歩。
その後、のんびり風呂に浸かっていると、妻が帰ってきたので、午後は一緒に一休寺へ出かけることに。
そう、あの一休さんの寺です。


平成17年より1月最終日曜日を「一休善哉の日」として、その一年間の各人毎の誓いの言葉を奉納してもらいます。その一年の自分自身の目標を新たにし、一年間その言葉を持って、生きていく力づけにしようとするものです。そしてその後、一椀の善哉がふるまわれます。ひとりひとりの誓った善き行いの実現を後押しします。
一休禅師は1月1日生まれ、大徳寺の住職からお餅の入った小豆汁をごちそうになり「善哉此汁(よきかなこのしる)」とおっしゃったことから善哉となったと言われています。
一休善哉の日は、ひとりひとりのこころに存在するエネルギーにわずかながらも灯りをともし、21世紀の世界を地球の片隅からより善き世の中に方向づけられればと始めることになりました。(一休寺のHPより)
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公開研も終わって、いい区切りに、今年の誓いができました。

夕方、早めに帰宅して、のんびりビールを飲みながら読書です。
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by sitoi | 2018-01-28 18:10 | Comments(0)  

1月27日 自前の授業法・・・なのかなあ

公開研究会が終わりました。
たくさんの方にお越しいただき、感謝、感謝です。
私の公開授業は2時間目で、1時間目に他のクラスの授業を見てまわりました。
いつも元気な子どもたちがガチガチになっている様子が一目で分かります。

ありゃあ、そんなに緊張するかなあ・・・などど思いながら、ちょっとわがクラスの子どもたちが心配になり、体育の授業に出かけていった子どもたちの様子を見に行くことに。
何のことはない、元気に走り回っています。

で、教室に戻って、子どもたちは帰ってくるのを待つことに。
ところが、授業5分前になっても帰ってきません。
もう、参観者は続々と教室に集まって来られているというのに・・・。

遅れて帰ってきた子どもたち、
「先生、着替えていいですか?」
「いや、この状況じゃあ無理でしょ。」
「えーっ・・・・。」
「いやいや、だって無理でしょ。」
「先生、お茶飲んでもいいですか?」
「いいよ、でも授業まであと3分だよ。急ごうね。」
お茶を飲んでいる子どもに、
「あのなあ、この状況で緊張したりしないの?」
「ん?何が?」
「はい、もういいです。まあ、そんなもんだよね。」
と、こんなバタバタ間の中、授業が始まりました。

あとは、いつも通り。
いつものように、子どもたちとやりとりをしながら進めていく。

先日、このブログに「誰が見ていても、誰も見ていなくとも・・・」という文章を書きました。
それを見た野中信行先生が私の文章にふれながら、
という文章を書かれていた。

私は拙著「教師力の極意」(明治図書)の中で、「参観授業になるといつもと違う反応をする子どもたちから、だって先生が違うもん」と言われたことを記しました。教師になって1年目のことです。

どんな時も、子どもたちは見ているのです。
だから、日常がすべてなのです。
日常をどう向上させていくか。それを30年以上考え続けてきたのです。

ただ、満足しているかと言えば、まったくそんなことはありません。
また、明日から日常を向上させていく努力を続けたいと思っています。

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by sitoi | 2018-01-28 09:47 | Comments(0)