2008年 06月 07日
6月6日 運命
先日、社会科の授業を見ていただいた。
たぶん、何も分からないだろうな、と思いながら。
昨年は、何度も、若手の教師の参観を受け付けた。
1時間目から、6時間目の参観も何度かあった。
その際、私は、授業が終わると、可能な限り、授業の裏側を説明するようにした。
つまり、なぜ、あの場合はああして、そして、こういう風にしたか、ということだ。
つまり、ある程度、「見る目」が育たないと、分からないのが、授業というものなのだ。
たとえば、その日の社会科の授業は、藤原道長@平安時代の授業だった。
最初の導入は、人物カード。
これは、教育同人社のテストについていたもの。歴史上の人物42名の肖像画で、はがき2枚分ほどの大きさのものだ。
このカードを登場してくるたびに、教室後方の黒板にマグネットで貼るようにしている。
現在、登場しているのは、11人。
で、このカードを子ども達に見せながら、
「私は誰でしょう?」
と、問うわけだ。
たとえば、
「小野妹子」
と正解すれば、
「私は何をした人でしょう?」
と、更に問う・・・もちろん、「何をした」を先に問うバージョンもあり、だ。
テンポよく、これをやる。
たとえば、ここにもねらいはいくつもある。
私の一番のねらいは、学び合いだ。
たとえば、休み時間に、こんな光景が見られるようになった。
「なあなあ、この人だれだっけ?」
「中大兄皇子じないの?ちがったっけ?」
「そうだよ、中大兄皇子だよ」
「えっ、その人って何した人だっけ?」
「大化改新だよ」
「大化改新って?」
子ども達が自然に学習について学び合いを始めているのだ。
だから、子ども達が帰った後、ひっそりと一枚追加する時もある。
「あれっ、カードが増えてるぞ」
子ども達はカードの前で、「これ誰だ?」と話し合っていたりもする。
授業は、授業後のことも考えて作ることもあるのだ。
この日は、それ以外にも、
「今年は、源氏物語がつくられてから、1000年たった記念の年だよ」
という話を織り交ぜておく。
年号などほとんど覚える必要はないのだけれど、そうすれば、平安時代のおよその年号が分かるだけでなく、宇治市の催しにも関心が向いていくのだ。
そう、授業って、伏線の連続で成り立っているのだと思う。
でも、そんなことを考えて授業を作らなくても、この子達は、授業に向かってくれる。
だから、きっと、教育実習生は、授業作りの苦しさなど、ほとんど知らないままに、その実習を終えてしまうのだろう・・・。
昨年まで勤務した学校では、新任の先生は、仕事が終わらず深夜まで帰ることすら、できなかった。
力がなかったからではない。断じて、そうではない。
細かな準備をしなければ、子ども達が授業に決して向かおうとはしなかった・・・。
そんな先生達を見ていて、私は、何らかの力になりたいと思った。
そして、立ち上げたのが、「明日の教室」だ。
もし、前任校に勤務していなかったら、私は、そのようなことをしようとは思わなかっただろう。
運命だなあ・・・そう思ってしまう。
そして、今、私が、この学校に勤務しているのも、また、運命なのだろう。
だから、更に一歩、何かをしなければならない。そんなことを考え始めている。