8月7日 再考、授業づくりネットワーク誌

今月号の「授業づくりネットワーク誌:授業記録を読もう!書こう!」について、「何かしっくりこない」というようなことを書いた。このことが、ずっと頭の片隅に残っていて、すっきりしない。
そこで、この間、鞄の中にこの本を入れ、ことあるごとに目を通してきた。
Facebookなどの書き込みには、「すごく勉強になった」「よかった」等々、この本に関する評価は高かった。
なのに、なぜ私はしっくりこないのか、何度も読むことで、いくつかはっきりしてきたことがある。
まず、この本には12本の授業記録が掲載されていて、最初、読んだ時、私は全て同じ記録方方法がとられているのだと勝手に思っていた。そう、ストップモーション授業記録が記録である。しかし、よく見れば、そうでないものも含まれているのである。

そもそも私がストップモーション授業記録を体験したのは、授業検討会の場だったと記憶している。事後研の場で、授業記録ビデオを流しながら、参加者、あるいは授業者
もだっただろうか、気になった場面で「ストップ!」と声をかけ、ビデオを静止させ、その場面で気になったことを確認したり、話し合ったりしたのです。
私は参加しながら、同じように授業を見ていても、「そうか、そんな思いがあったのか」とか「そういうところに気をつけなければならないのか」等々、とても勉強になったことを覚えています。

今回の12本の授業記録の中で、私が一番勉強になったのは、青山新吾先生が書かれた「一人ひとりの子どもの「学び」を丁寧に扱うということ」です。授業記録は4年生の社会科の授業です。社会科の授業としては、特に新しい提案性があるわけではなく、目を見張るような子どもたちへのアプローチがある授業ではないように思います。けれど、その後に書かれている対談を合わせ読むと、素晴らしさがいくつも見えてくるのです。そうか、こんな思い、信念で子どもたちと対峙されているんだな…という具合に。

ストップモーション授業記録の良さって、そういうことなんじゃないかな。
だから、授業後の対談や振り返りの部分に紙面をもっと割いてほしかったな。
私がしっくりこなかったのはそういうことなんだと思います。

でも、こういった本が出された意義は大きいいと思います。
きとんと記録を書こう、読もう。これが、今の若い先生方に欠けているところkもしれないから。

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by sitoi | 2018-08-10 10:15 | Comments(0)  

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