2015年 07月 29日
7月28日 最近、考えていること
「教師があえて間違えることで、その場の空気をほっとさせたり、子ども達が板書の内容を注目するようになります。」
このことは間違ってはいない。
だが、注意しなければならないのは、どの教室でも使える方法ではないといこと。
たとえば、力量のある先生がこう言われる。
「子どもの日記数行に対して、その倍くらいの赤ペンを入れて返してあげる。子どもは喜び、教師とのつながりが深まるばかりか、書く意欲も高めることができる。」
このことは間違ってはいない。
だが、注意しなければいけないのは、それだけが正解ではないということ。
力量のある先生の話を聞いて、真面目な若手教師は、それが唯一の真実だと思い込み、その通りに実行し、うまくいかない現実に悩むことになる。
教師がやらねばならないことは、簡単なこと。
「こいつの言っていることは信用できる」
と思わせることに他ならない。
私は、そのことを考えながら行動する。
一番信用を失うのは、
「言ってることをころころ変える人。言ってることとやってることが違う人・・・。」
そう、大人の世界と全く同じ。
その一点で考えてみればいい。
板書を間違えてみせるというのは、確かにテクニックの一つである。
だが、本当に大切なのは、授業の内容、流れが分かる板書を書けるようになることだろう。
日記で言うなら、量ではない。子どもの心に寄り添った一言が書けるかどうかであろう。
量にこだわる必要はないのだ。
小手先のテクニックに惑わされずに、真摯に子ども達と向かい合うこと。
そういったことを若手教師に伝えていかねば・・・そんなことを最近考えている。