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10月30日 11月の「明日の教室」のお知らせ

11月の「明日の教室」のお知らせです。
11月は、京都本校、東京分校、大阪分校、福岡分校、全ての教室で開催されます。
紹介したいと思います。

まずは、11月5日に「明日の教室・東京分校」が開催されます。
講師は、今、各方面から注目されている新進気鋭の実践家、金大竜先生を招かれます。
金先生とは、私も数回お会いしたことがあります。
その生き方から学ぶこと多し、です。
関東方面の方、是非、足をお運び下さい。
お申し込みは、こちらから!です。

次は、11月19日です。
この日は、大阪分校と福岡分校が開催されます。
福岡分校は、偶然ですが、またまた、金大竜先生。
九州の方、是非。その真摯な実践、生き方に驚かれること必至です。
お申し込みは、こちらから!

大阪分校は、青山新吾先生(ノートルダム清心女子大学)です。
青山先生と言えば、特別支援教育です。
今、子ども達にどう対応していけばいいのか・・・悩まれている方には、またとない機会になると思います。
私も久しぶりに大阪分校に参加したいと思っております。
是非、会場でお会いしましょう。
お申し込みは、こちらから!

そして、11月26日は、京都本校です(うーん、本校という言い方でいいのかなあ)。
成蹊大学から、塩澤先生をお招きします。
塩澤先生のブログは随分前から拝見しており、この方の写真はいったいどうやって撮ってるんだろうと、不思議に思っておりました。
で、池田先生にご尽力いただいて、今回、まさか、まさかの御登壇となりました。
いや、本当にまたとない機会となります。
お申し込みは、こちらから!
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by sitoi | 2011-10-30 09:13 | Comments(1)  

10月29日 ドライブ

通勤が自動車から電車に変わった。
すると、休日に車を運転するのが楽しくなった。

天気が良いと、ドライブに行きたくなる。

で、今日は、その良い天気。
妻を誘って、奈良までドライブへ。
今日から、奈良国立博物館では、「正倉院展」の開催が始まった。
とりあえず、行ける時に行っておかないとね。
奈良公園には、いろんな美味しそうなお店が並んでいて、思わずパンを買い、二人で座り込んでランチはパン。
「正倉院展」は、初日ということもあって、かなりの人・・・。
なかなかゆっくり見れなかったのだが、とりあえず、本をゲット。

その後、大急ぎで枚方市の映画館へ。
今日、初日の「ステキな金縛り」を見る。
私たち夫婦は、映画の趣味がかなり違うのだが、二人とも三谷幸喜は大好きだ。
いやいや、今回も楽しい作品でした・・・。

で、その後、今度は、京都北山へ。
娘と待ち合わせ、一緒に夕食。
その後、北山で開催されていたハロウィンのパーティーを見学(?)
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帰宅すると、22:00。
いやあ、楽しい一日でした。
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by sitoi | 2011-10-30 08:22 | Comments(0)  

10月28日 教育実習生から学ぶ

昨日から、教育実習生が来ている。
7月に挨拶にやってきた時に、授業内容を伝えておいた。
どのあたりまで考えてきてくれるかなあと思っていたら、きちんと整理されたものを出してきてくれた。

7月に話をしていると、何と、昨年度の研究発表会にも参加してくれていて、私の授業も見てくれていたそうだ。先日の社会科研究会にも顔を出してくれていた。

月曜日には、早速、授業をしてもらうことになる。
通常、3回授業を行い、3回目が、研究授業となる。
だが、今回、私は、完全に二人三脚の授業をやってみようかなと思っている。
つまり、教育実習生がいる間の10日間の我がクラスの社会科の授業6回分を全て任せるのだ。
ただ、任せるのではない。
他の3クラスの授業を私が同じプランで行う。
それを見てもらい、修正を加えてもらう。
私が見せてもらって修正を加える場合もあるだろう。
つまり、6回分の授業を二人で作るということだ。

でも、私が授業を作ってしまっては、実習生のためにならない。
私は、意見の後出しをする。
例えば、今日は、こんな感じ。
教室で、実習生が書いてきた指導案をスクリーンに映し出す。
二人で、それに修正を加えていく。

授業の基本パターンは決めてある。
先日の研究会での私の授業を長瀬先生は、「対話型鑑賞」と称して下さった。
なるほどなあ・・・と思った。
つまり、資料を提示し、それについて教室という場で対話を行う。
対話することで、深めていきたいということだ。
だから、今の私の授業は、ゆったりした時間が過ぎていく。
決してリズムある授業という風には参観者には映らないと思う。
空白を作らない、リズムを作るということは何なのか?
実は、私なりの答えが、今の授業をつくった。
・・・・・・・・・・・かなり深い意味があるので、考えてみてほしい。

話を元に戻そう。
授業の中に、基本的に2つの資料を用いる。
最初の資料は、意見の拡散を意図したもの。
そして、2つめの資料で、グッと深めたい。

ああだ、こうだと二人で話し合う。
話し合う時間は、2時間と決めた。
2時間かけて、翌日の授業を二人でつくる。
実習生の言葉から、学ぶことも多い。
私にとっても、有意義な10間になりそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・ありがたいことである。

19:00過ぎ、さて、今日はもう帰ろうっと、と思って携帯をチェックすると妻から電話が入っていた。
電話をしてみると、今、四条にいるとのこと。
何でも、観たい映画があって京都シネマに来て、今、映画が終わったとのこと。
では、ということで、二人で外食することに。
明日は休みなので、四条木屋町の「ちょもらんま」という韓国料理の店に行く。
野菜をたくさん食べることができて大満足。
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帰宅して爆睡。・・・・・・・・・・今週もいろいろあったなあ。
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by sitoi | 2011-10-29 10:44 | Comments(0)  

10月28日 大事なことは、いつも子どもが教えてくれる

朝、昨日の件で、ある子と話をした。
昨夜のうちに、どう話して、どう聞いて・・・と、決めていた。
本の些細なこと。
だけど、ほんの些細なズレが大きなズレになっていく。
結果、話ができて良かったなあと思った次第。
大事なことは、いつも子どもが教えてくれる。

ああ、そんなことも気がつかなかったなんて、と、子どもの話を聞いて後悔したのは、教師一年目の時。
新任で、1年生の子ども達の担任になった私は、とにかく子ども達が可愛くて仕方なかった。
授業は下手だし、何も分からないし、できないし・・・・、でも、子ども達は可愛かった。
休み時間は、全て、子ども達と遊んだ。
放課後も会議がない時は、いつも子ども達と遊んだ。
子ども達の呼び名も、子ども達同士が使っている呼び名を使っていた。
それで、自分も仲良しの一員になっているかのように思っていた(のだと思う)。

一年が終わる頃、ある女の子がポツンと私に、こう言った。
「先生はさあ、何で、私のことは~ちゃんて呼んでくれないの?ともちゃんやたかちゃんのことは、~ちゃんて呼ぶのに・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
その女の子は、クラスで「~ちゃん」と、友達からは呼ばれていない子だった。
だから、私もそのように呼ばなかった。
私の子ども達の呼び方は、バラバラだった・・・・。

でも、そんなことは、子ども達の間では当たり前のことだと思う。
例えば、今のクラスだって、子ども達同士の間で、「あっちゃん」と呼ばれている子もいれば、名字の呼び捨ての子もいる・・・。
1年目の私は、何の違和感もなく、少しでも子ども達に近づこうと、それを真似ていたのだ。

ああ、一年間近くも、この子を傷つけていたんだと思うと、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
授業の下手さはすぐにはどうしようもないが、呼び方なんてすぐにでも直すことができる。

それ以来、私は、子ども達の呼び名で、差をつけたことはない。
呼び捨てで通した時は、全員呼び捨てだった。
気の弱そうな、いかにも呼び捨てが似合わない子も、同じように、「あき子!」といった具合に呼び捨てた。

私にとって、この時、子どもの訴えから学んだことは絶対的なものになっている。
ところろが、子ども達の呼び方を同じにしている教師は、意外に少ない。
不思議だなあと思う。
自分に置き換えてみるがいい。
となりの子が、「まあくん」と呼ばれ、自分が「糸井くん」と呼ばれているならば、やっぱり、ちょっぴり先生との距離を感じてしまうのではないだろうか。
そんな繰り返しが、取り返しのつかない大きな溝を生み出してしまうのだと思う。

だから、子ども達の声に真摯に耳を傾けねばならない。
そう、大事なことは、いつも、子どもが教えてくれるのだから・・・。
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by sitoi | 2011-10-28 23:20 | Comments(1)  

10月27日 実は、毎日へこんでます・・・

実は、毎日へこんでます。
こんな年になって、へこんでいるなんて情けない話ですが、それが現場です。
と、私は思っています。
だから、若い教師なら尚更です。

一生懸命考えて話をしているつもりでも、なかなかうまく伝わらないものです。
今日も、自分の言葉がまねいたことから、いくつかの誤解(だと私は思っているのだけれど)、子ども達を傷つけてしまったりしていたようです。

私は、保護者から連絡があった場合、「まず謝る」ことにしています。
「謝る」という行為は、自分の非を認めたことになり、リスクを負うことになる場合もあるとは思うのですが、「自分の声が自分の思うように届いていなかった結果であり、それはプロとしては失敗だろう」と思うのです。

そういった場合、その子に「真意を伝えた上で、ごめんさない・・・」と、頭を下げます。
言いたいことはいくらでもあります。反論だってできると思います。
でもね、プロが同じ土俵に上がって反論すべきでないと思うのです。
自分の声が、行為がうまく伝わらなかったことを恥じたいと思います。

今日は、それ以外にもいろいろあったので、尚更へこんでいます。
偉そうに言ったところで。こんなものです。
でも、現場で生きるということはそういうことだと思います。
全てがうまくいくなんて、そんなことはないのです。

私が、こんな風に素直に思えるようになったのも、実は、困難校での経験が大きいのです。
ある年、隣のクラスがしんどくなってきました。
いろいろアドバイスするのですが、うまくいきません。
クラスがうまくいかなくなると、なかなか外部からのアドバイス程度ではうまくいかないのです。
隣のクラスは日に日にしんどくなっていきました。
そんな状態で懇談会の日がやってきたのです。

学級懇談会にするのが心配で、学年懇談会の設定にすることにしました。
隣のクラスの先生は、クラスがしんどい状態と、今取り組んでいることを話されました。
先生の話の後、一人のお母さんが手を挙げられ、こう話されたのです。

「先生、あのなあ、私は難しい話は分からへん。だからなあ、先生に方法はお任せするわ。だから、結果を出してほしい。子どもがよくなってくれたらいいねん。それだけや。」

子どもは簡単には変わらない。
どんな指導をしたって完璧なんてありはしない。

でも、・・・・どの子も伸ばさなければならない。
プロだから・・・。
だから、子どもがやる気をなくしたのなら、それは・・・やっぱり教師が悪い。

そう思いたい。
いくつもの言い訳を飲み込んで、自分が悪い。
そう思える教師になりたいと、その時、思いました。

だから、この年になっても、馬鹿みたいに教材研究をする。
だから、この年になっても、いろんなやり方を学びたい。

へこんでも、前向きに生きたい。
私は、30年近く、こんな毎日を送っている教師です。
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by sitoi | 2011-10-27 20:56 | Comments(0)  

10月26日 で、で、改めてそう思う

うーん、自分に気合いを入れるために、このシリーズ(?)を書いているのかもしれない・・・。
まあ、もう少し書いてみよう。

この学校では、ついつい子どものせいにしてしまう風潮があった(ように思う)。
だって、仕方ないやん・・・。
無理やって、あの子たちには・・・。

子ども達の口癖も、
無理!
いやや!
しんどい!
うざい!
うっさい!

否定的な言葉が学校の中に充満していた。

家庭の協力が得られないから、基礎的な学力などつかない。

ならば・・・と。
私が職員会議で提案したのは、
「朝の1時間目は、陰山英男先生が提唱されているモジュールの時間にしましょう。ですが、本校での目標は、基礎的な学力を定着させる時間です。15分を音読に、次の15分を基本の計算練習に、最後の15分を漢字練習に充てましょう。これらは、学校現場が家庭学習に委ねていた内容です。学校で丸抱えしてやればいいじゃないですか。毎日、1時間をこの学習にあてましょう」
というものでした。

私は研究主任になっていましたから、とにかく、この案を通しました。
家でやれないのが分かっているなら、学校でやらせればいい。
まず、学校で結果を出せば、保護者も分かってくれると・・・。

楽しいモジュールなんてもんじゃありませんでした。
とにかく、計算プリントを毎日1枚やらせました。それをファイルに閉じさせていく。だんだん分厚くなり、1年が終わる頃には200枚あまりが閉じられた分厚いファイルに・・・。

漢字も毎日二つずつ。
毎日毎日、叱咤激励させながら書き続けさせました。

音読は、齋藤孝さんの「声に出して読みたい日本語」でしたっけ。あの本の中から、たくさん使わせてもらった記憶があります。

押さえつけてでも座らせてやらせました。

それでも、そんなに成績は上がりませんでした。
そんなもんだと思います。
でもね、子ども達はよく頑張りました。
よく頑張った・・・そのことが大事なのだと思います。

うっさいとか、無理とか、あまり言わなくなりましたもの。

その学校の職員室を出た廊下からは、それはそれはきれいな夕日が見えました。
私は、何度も、何度も、くそーっと思いながら、夕日を眺めていたことを覚えています。

教育って、そんな簡単なもんじゃないですよね。
でもね、誰かのせいにしたり、腐ったりしないで、一生懸命やってみることを、その学校で学びました。

また、機会があれば、書いてみたいと思うけど、今日はこのへんで。
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by sitoi | 2011-10-26 22:00 | Comments(1)  

10月24日 休日はカレーをつくる

今日は、入試の代休で、お休み。
ということで、朝から、一人、映画館へ。
我が家から映画館までは、車で10分ほどの距離。
9:40からの「猿の惑星」を観る。
「猿の惑星」は、大好きで、たぶん今までのものは全て観ていると思う。さだかではないが・・・。
今回の「猿の惑星」は、「創世記」と題されたモノで、実は、評価は高くない。
先週何気なく読んだ週刊誌の評価では、5段階評価の3であった。
・・・・でも、ガラガラの映画館で、ゆったりと映画・・・ということで、悪くなかったです。

その後、樟葉モールの「山頭火」というラーメン屋へ。
昼に行くのは初めて。
平日昼限定の「チャーシュー切り落としラーメン」を食べてみたかったので。
いや、これ、普通でしょうって、感じ・・・安いから良し、か。

その後、京阪デパートで、鶏肉の良さそうなモノを買う。
この前、料理本を立ち読みしていた時に、鶏肉を使ったカレーの作り方が書いてあったので、今日は、鶏肉を使ったカレーを作ろうと思っていた次第。

で、午後は、昼間からワインを飲みながら、カレーをつくる。
合間の読書は、「抱きしめたい」(須藤靖貴著・講談社文庫)。
ビートルズのナンバーが随所に散りばめられた青春小説。
でも、BGMは、やっぱりジャズ・・・です。

一日が終わり、・・・・さて、明日から、また頑張るぞっ!
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by sitoi | 2011-10-24 19:43 | Comments(0)  

10月23日 で、改めて、そう思う

今日も、サッカー観戦のため、妻と一緒に立命館中高へ。
これが、最後の大会。
娘が出場することはない。
けれど、娘が共に練習した仲間が出るわけで、最後を見届けようと・・・。
トーナメント戦なので、負ければ引退。
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結果、6対0の快勝。
良かった、良かった・・・・また、来週だ。

さて、昨日の続きを書こうと思う。
家庭に勉強できる環境がない・・・・。

そう言えば、この時の子ども達を5年、6年と持ち上がったのだが・・・。
5年の4月・・・・何とか子ども達が座って勉強をするようになった時のこと。
私は、子ども達に、こう言った。
「なあ、朝学習は、読書するから、家から本を持ってくるようにして。」
「・・・・・」
「分かった?」
「・・・・・、ない。」
「ない?」
「うん」
「家に本がないのか?」
「うん」

教育格差という言葉がある。
平田オリザさんと話をしていた時、教育格差の話になったことがある。
その時、平田さんはこんなことを言われた。
「本当に深刻な教育格差は、文化に関わることだと思う」
と。
例えば、幼い頃から、美術館や博物館、図書館、資料館などにお家の方に連れて行ってもらった子・・・。
反対に、音楽と言えば流行の音楽しか聴かず、文化施設などに足を踏み入れたこともない子・・・・。
テストの点数ばかりが問題になっているが、こういった環境の違いが大きくなった時に及ぼす影響は計り知れない・・・・という話だ。

この子達の家に、本を買うお金がなかったわけではない。
だって、ゲームソフトは買ってもらってましたからね・・・。
子どもも欲しいと言わないし、親も読書の習慣がなければ必要性を感じない・・・といったところでしょう。

私は、子ども達を図書室に引っ張っていきました。
何度も、何度も・・・。
そのうち、子ども達が本を読むようになりました。
5年の終わりには、家から本を持ってくる子が増えました。
「買って欲しい」・・・、子ども達が変われば親も変わる。
教師が、変えることができるのは子どもです。
子どもが変われば、親も変わる・・・・そう、思う。

子ども達の変化に最初に気づいてくれたのは、管理職でも、同僚でもありませんでした。
それは、保健室の先生でした。
だって、保健室の先生は全学年、全クラスの様子を体重測定の時間などで見てますからね。
最初の4月の測定の時は、大変でした。
保健室の先生は、
「糸井先生、大変だと思うけど、頑張ってね」
と、心配そうに声をかけてくれましたから・・・。
秋になった頃、こう言ってくれました。
「私はもう何年もこの学校にいるけど、糸井さんが初めてよ。初めて、クラスというものを、この学校で見たわ。この学校でも、クラスってつくれるんですね。もう、信じられなくて、あの子達がねえ、普通に受け答えしたり、注意し合ったり・・・・信じられないわ。それでね、この前、先生のクラスの子に聞いてみたの。」
「えっ?」
「あのね、何で、糸井先生の言うことは聞くの?って」
「だってね。あの子達、先生の言うことなんか、てんで聞かなかったんだもの。そしたら、何て言ったと思う?」
「いやあ、分からないです」
「ちょっと考えた後、こう言ったの。糸井先生は、厳しい・・・って。それでね、厳しいって、怖いってことって、聞き直したの。そしたらね、厳しいと怖いは違うって。怖くないけど、厳しいんだって。何かねえ、分かってるのよねえ、子どもって。・・・・・よく、頑張ったわねえ、先生。」
「・・・・・・・・はい、ありがとうございます。でも、まだまだですよ。」
「・・・・まだまだなの?もっと、この子達が成長できるってこと?」
「はい。そのつもりです。」

また長くなってしまった・・・・続きは、また今度。
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by sitoi | 2011-10-24 18:33 | Comments(2)  

10月22日 改めて、そう思う

今日は、本校の入試日。
念のため、いつもより1本早い電車で学校に向かう。
7:00前に学校着。

8:00、受付開始。
可愛らしい受験生が続々と到着。

お昼前に、無事、終了。
午後からは、早速、採点業務。

何やかんやで、自宅最寄駅の樟葉に戻ったのは、21:30。
で、久しぶりにDVDやビールを買い込んで、帰宅。

ホッと一息・・・。
受験生の賢かった様子を思いつつ、昔の事を思い出す。

先日、ブログで紹介した困難校でのことだ。
当時、私は、「どんな子どもたちだろうが、チョーク1本あれば、授業できる」などと思い上がったことを考えていた。
というのも、それなりの経験も踏んできたし、受け持った子ども達の成績も成果を上げていたし・・・・、いやはや思い上がりもいいとこです。

ところが、この学校では、全く通用しなかった。
新学期早々、「これでどうだ!」とばかりに、今まで子ども達に受けてきたネタをぶつけてみる。
しかし、空振り・・・もいいところ。
テストを実施してみても、今まで担任したクラスと比べると20点以上も低いのです。

なぜ駄目なのか?
答えははっきりしていました。
子どもが違うということです。
今までの子どもと明らかに違うのです。
なのに、私ときたら、今までと同じ方法を使おうとしか考えなかった。
だから、空回りした・・・ということです。
まず、はじめに子どもありき・・・というのは、そういうことです。

今まで、真面目に授業に参加したことなどない子ども達なのです。
私は、45分の授業を、「15分3本勝負でいこう」と考えました。
たとえば、国語の授業なら、「読み」「書き」に15分、15分を使う。
そして、最後の15分は、発問を用意し、考える時間に使うといった具合です。
活動内容に変化を加え、子ども達を飽きさせない工夫を施したのです。
今なら、ユニット授業というのかもしれませんが、私は「15分3本勝負」と自分に言い聞かせていました。
文字通り、私と子どもの勝負だと自分に言い聞かせていたのです。

休み時間も教室にいることにしました。
朝、職員室を出ると、職員室に戻るのは、16:30・・・。下校時間までの全ての時間を教室で過ごしました。
休み時間は、グランドで子ども達と過ごすこともあれば、教室で女子の雑談に交じることもありました。
子どもたちが、何を考えているのかを知りたいと思いました。
何かをする時、教育書に書かれていることからスタートするのではなく、子ども達からスタートさせたいと思うようになりました。

ある日、こんなことがありました。
子どもが連絡もなしに学校を休み、電話しても誰も出ないのです。
団地の学校で、家庭訪問はとっても楽な学校でした。
どの家でもダッシュすれば、学校から5分といったところでしたから・・・。
で、休み所間に、「家庭訪問してきます」と言って、学校を出れるわけです。

言ってみて、声をかけるのですが、誰も出てきません。
団地の1Fの家だったので、裏に回って、大声を出します。
しばらく叫んでいると、ノソッと姿を現しました。
鍵を開けるように言い、中に入ってびっくり・・・。
流し台には溢れんばかりの洗い物が・・・、布団はひきっぱなしのような・・・・、電気が消えた薄暗い部屋でテレビの画面がゲームでもしていたのでしょうか、青く光っていました。
「なあ、どうした。学校にも来ないで・・・・、しんどいんか?」
「・・・・・」
「何かあったか?」
「昨日、夜中にお姉ちゃんが帰ってきて、お母さんと喧嘩になった。」
「・・・・」
「そんで、フライパンをお母さんが投げて、喧嘩がずっと続いて寝れへんかった。」
「そうか、そりゃあ大変やったなあ・・・。で、お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんは怒って家を出て・・・・、さっきお母さんは仕事に行った」
「・・・・そうか、なあ、何か食べたか?」
「・・・・食べてへん」
「・・・・、なあ、ちょっとしたら、用意して学校に来いや。給食に間に合うようい来い。いいな」
「・・・・・うん」
「待ってるで。なっ、大丈夫やから、来い!じゃあ、授業あるから学校戻るしな」

学校、戻る道で、涙出てきました。
私は、この子に、「宿題くらいやって来い!」と怒鳴り続けていました。
全くやってこなかったものですから・・・。
学校への帰り道、こう考えました。
「あいつ、偉いなあ。あんな状況で・・・・学校来てくれるだけで十分や、と。ならば、宿題やらなくても大丈夫な学力を学校だけでつけてやろうじゃないか」と。

長くなったので、続きは、また今度・・・。
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by sitoi | 2011-10-23 10:22 | Comments(1)  

10月20日 ホッと一息つきながら

今週は、午後から個人懇談会。
今日で、やっと終了。

今年も保護者の方に恵まれたなあ・・・と思うこと、しきり。
子ども達と毎日付き合う中で、褒めることもあれば、叱ることもある。
教師の言動の揚げ足を取ろうとすれば、それは簡単なこと。
子ども達を鍛えようとすれば、それは諸刃の剣と言えることもしばしば・・・。

そんな毎日を子ども達と教師は過ごしている。
褒めようとする・・・
フォローしようとする・・・
だけど、空回りする時だってあるのだ・・・・。

今年も助けられています・・・。

で、今日は、早めに終わったので、えいやっと、17:00過ぎに学校を出ることに。

で、学校の近くを散策することに。
とりあえず、烏丸通りを南に下る。
日も暮れてきて、なかなか良い感じ・・。
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今日は、御霊神社に行ってみることに。

・・・・・・・・御霊神社とは(HPより転記)・・・・・・・・・・・・・・・・

平安遷都にあたり延暦13年(794)桓武天皇が平安京の守り神として早良親王(崇道天皇)の神霊をおまつりされたのが当神社のおこりです。当時天変地異や疫病の流行があいつぎ、それは非運の中に亡くなられた高貴の人々のお心にさわるとされ、その人々の御霊を丁重におまつりすることによって、災いをなくそうという御霊信仰が盛んになりました。そしてそのお祭りを御霊会(ごりょうえ)といい、京都の夏祭りの多くは御霊会ですが、当神社の祭礼はその発祥であります。以後、井上内親王、他戸親王を始めとする13柱の神霊が祀られ現在に至っています。又、文正二年(1467)畠山政長が当社御霊の森に立てこもり、畠山義就と戦いを交えたのが応仁の乱の始まりとなりました。

・・・・・・・転記終了・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、ここで、あの応仁の乱が始まったのです。
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しかし、まあ、学校から歩いていける場所にこんな所があるとは、何とも恵まれています。

で、トボトボと出町柳まで路地を歩き、京阪電車一本で帰宅。
そうそう、電車の中の読書は、「図書館戦争」(有川浩著・角川文庫)です。
やっぱり有川浩さんの本は面白い・・・このシリーズで有川さんの本は全て完読かな。
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by sitoi | 2011-10-20 19:33 | Comments(0)