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2月28日 続・穐吉さんとの思い出(8)

穐吉さんは、テロによって多くの人の命が失われたことを子ども達に告げ、そこから命にふれ、今年の夏の広島での演奏の話をされていきました。
穐吉さんは、広島から原爆をテーマにした曲を依頼された時、そのテーマの重みから、曲作りが一向に進まなかったそうです。
それが、1枚の写真がきっかけとなって、曇天が晴れていくように、曲のイメージが浮かんだそうです。その1枚の写真とは、瓦礫の下から這い出してきた女性が、にこやかに空を見上げている写真だそうです。

どんな時にも、希望を持つことが大切・・・・。

「そして、できあがったのが、「HOPE」という曲です。未来を生きる皆さんに是非、聴いてほしいのです。」

穐吉さんはそう言われると(言葉は少し違ったかもしれないが、ニュアンスとしては間違いない・・・と思う)、再度、静かに座られ、その曲を弾き始められた。

私は、そのピアノの音が響いた途端、初めての感覚に陥ったのです。
ピアノの音が身体の中に入り込んで、身体中を揺さぶるような感覚です。
私は、知らぬ間に泣いていました。
涙は次から次へと溢れ、・・・・曲が終わるまで、ずっと・・・・・・。

曲が終わりました。
私は、我に返って、・・・・
「ご免なさい。あまりに感動して・・・・。穐吉さんに、もう一度、大きな拍手を!」

そして、こちらに歩いて来られる穐吉さんに、謝りました。
「申し訳ありません。HOPE(希望)という曲なのに、泣いてしまって・・・・。」
「いいのよ。アメリカで演奏した時も、なぜか、涙が止まらないって言ってた人がいたわ。」
「そうですか。素晴らしい演奏でした。気がついたら涙が出ていて・・・。」
「・・・・・・・・・・ありがとう。」

こうして、演奏会は無事、終了。
ところが、今回は、これで終了ではありませんでした。

穐吉さんは、この後、大阪の○×というところまで行くことになっていて、私はどうにも車で行くのは土地勘がないので、電車でお送りすることにしていたのです。

ということで、穐吉さんと二人で電車で大阪へ。
車中で、また、いろいろお話を伺うことができました。

まず、私が、どうしても聞きたかったことをぶつけてみました。
それは、単独でアメリカに行くことが決まった時、不安はなかったのかということです。
そのことを聞くと、穐吉さんは、いとも簡単に、
「不安?そんなものないわよ。」
「えっ、でも、今と違って、そんな風にアメリカに行く音楽家って、いなかったわけですよね。」
「あのね、それしか、道がなかったの。」
「それはどういうことですか?」
「ジャズっていうのは、誰と演奏するかで変わってくるものなの。」
「はい。」
「だからね、さらに高いレベルの音楽をめざすには、アメリカに行くしかなかったの。だから、迷う必要はなかったのよ。私は、もっとレベルの高い音楽をめざしたかったのだから。」

道を決めたら迷わない。
大事なことを教わった。この時から、私の座右の銘となった。

で、その後、穐吉さんから驚くべき話が続いた。
「私は、今、もっとピアノが弾きたい。私は、もっとピアノが上手くなれると思っているの。」
「?????」

穐吉さんは、この時、71歳。70歳を超えて上手くなれるものなんてあるのだろうか。
しかし、本当に驚いたのは、次の言葉だった。

「私は、近いうちに、ジャズオーケストラを解散して、もう一度、ピアノに向かおうと思う。」
「えーっ!!!!!」

もう既に、地位も名誉も全てあるのである。
何で今さら解散しなくちゃいけないの?????
それは、いくら何でもそれはないだろう。

ところが、ご存じのように、数年後、穐吉さんは、この時の言葉通り、ジャズオーケストラを解散されたのでした。それを知った時、私はまさに心が震える思いでした。

私は、まだうまくなれると思う。
そう信じ、毎日のトレーニングを続ける。
・・・・・・・・・・・・・・本当に凄い方である。

いろんな話を聞くうちに、あっという間に、電車は乗り換えの駅に。
駅のホームで、乗り換え電車を待ちながら、
「穐吉さん、次の電車に乗って二駅目で降りて下さい。今日は、本当にありがとうございました。」
「あっ、そうそう・・・」
と言って、穐吉は、鞄の中ををゴソゴソと探され、
「はい、これ、糸井さんにあげる。」
と、学校でお渡しした今日の出演料の入った封筒を差し出されたのです。
「はっ、いや、その、それをいただくわけにはいかないですよ。」
と、丁重にお断りすると、
「何言ってるの。これは、学校でサインしてもらった、今は私のものよ。私のものをあなたにあげようと言うの。もらいなさい。」
「いや、それは、いただけないです。」
「子ども達に衣装も用意してあげなさい。いい、・・・・あなたの教育は間違っていない。がんばりなさい。」
と言って、私に、その封筒を無理矢理押しつけられたのです。

呆然とする私に、もう一度、穐吉さんは、こう言われた。
「あなたの教育はまちがっていないわよ。がんばりなさい。」

電車がホームに入ってきて、穐吉さんはさっそうと電車に乗り込まれた。
私は、「ありがとうございます。がんばります。」
そう言って、頭を深く下げ、電車が見えなくなるまで、その姿勢を続けていた・・・・・・・。
気がつくと、私は、また泣いていた・・・。

その後も、私は穐吉敏子さんのコンサートに出かけることはある。
だが、それ以来、直接、お話をする機会はない・・・。

だけど、いつか、穐吉さんの前で、
「穐吉さん、私のクラスの子ども達を見て下さい」
と胸を張って言える日が来ることを信じ、今日も悪戦苦闘の日々を続けている。

あなたの教育はまちがっていない・・・・そして、その言葉は、私を一生支え続けてくれているのである。

         (完)
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by sitoi | 2011-02-28 22:31 | Comments(5)  

2月27日 不思議な巡り合わせ・・・

何人もの方から、
「穐吉さんとの思い出、面白いです!」
との感想をいただいた。

過日、南澤先生から、
「糸井先生、今、BSを見て!」
との連絡をいただいていた。
何の事やら分からず、そのままになっていたのですが、その意味がやっと分かりました。
BSで、穐吉敏子さんのドキュメンタリーを放映してたんですね。

昨年、穐吉敏子ジャズオーケストラが復活し、東京公演の後、中国公演を果たした。
その様子が、BSで放映され、CDも発売になったばかりである。
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何という巡り合わせでしょう・・・・。
私は、そんなことは全く知りませんでした・・・・・。

今日は、朝から穐吉敏子さんのCDを聴いていました。

午後は、買いたい本があるという妻と一緒に京都駅へ。
京都駅前(裏?)にできたイオンモールの中に大型書店があるのだ。
車を停めた後、私は、ヨドバシカメラへ。

で、その後、本屋にブラリと立ち寄ると、文庫本になったら買おうと思っていた「武士道セブンティーン」(誉田哲也著・文藝春秋)を発見。これは、買うしかないと、購入。
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その後、妻と合流し、近くのホテルの喫茶で休憩。
珍しく、ケーキセットを注文。
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スタバでテスト勉強していた娘と合流し、夕食。
その後、散髪。
うーん、休日は、あっという間に過ぎていきますねえ・・・。
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by sitoi | 2011-02-27 21:51 | Comments(0)  

2月26日 快晴の中、市内を歩く

会議は、14:00から。
昼前に家を出て、電車で三条京阪へ。
ブックオフで、本のチェック。
けっこう掘り出し物が見つかる・・・。
で、今日も、読みたかった本を見つけ、ゲット。
「さよなら、そして こんにちわ」(荻原浩著・光文社)が、それ。
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で、その本を鞄に入れて、天気も良いので、トボトボ散歩することに。

途中、美味しそうな定食が出てきそうな店を見つけて、昼食。
早速、本を取り出して、読書。

今日の会議は、二条駅横の立命館朱雀キャンパス。
14:00~17:30までの会議。

ふぅーっ、である。
終わって、三条通商店街を歩いて帰る。
なかなか面白い商店街なのだ。
いろいろと面白そうな物を物色し・・・・二条駅前から地下鉄、京阪電車と乗り継ぎ、帰宅。

春を感じる一日でした。
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by sitoi | 2011-02-27 10:02 | Comments(0)  

2月27日 続・穐吉さんとの思い出(7)

今回は、穐吉さんのお迎えに京都駅まで車で行くことに。
NHKの方々もカメラを担いで乗ってこられた。
ホームで、新幹線から降りてこられた穐吉さんと握手。
その後、車の中で、今日の演奏曲の確認を行った。

幸せなひととき・・・。
何と言っても、今回は、私がリクエストした曲を演奏して下さるのだ。
前回、演奏していただいた曲の中で、今年も、お願いした曲は3曲。
「Repose」「Un poco loco」(Solo Live at THE KENNEDY CENTERに収録されている)と「Memory」(Hopeに収録されている)が、それ。
あとの曲は、昨年と違う曲をオーダーしていた。

車中、夢中でジャズの話を伺う。

会場に着くと、森田ピアノさんが、ピアノの最終チェックを行ってくれていた。
そう、森田ピアノさんには、今年も、ピアノの調律をお願いしていのだ。
本校は、普段は、ピアノはステージの上に置かれている。
しかし、演奏会ということで、ピアノを前日にフロアに降ろすことになる。
ピアノを動かせば、・・・・調律、ということです。

まずは、子ども達による「宇治田楽」の発表です。
この「宇治田楽」の取り組みは、2001年12月22日、NHKBSで「子どもたちが輝いた」と題した50分のドキュメンタリー番組となり、無事、放映されました。映像の裏側にあった子ども達との悪戦苦闘の毎日については、また、機会があれば書いてみたいとも思います。
もちろん、書ききれないくらいの出会いがあったわけでして・・・・。

まだ、不十分なところはあるものの、子ども達は、一生懸命、声を出し、踊りました・・・。

そして、野村誠さんのピアノ演奏「宇治田楽」に合わせて、林加奈さんの演奏と安那瑞穂さんのダンス。
美しいメロディから一転して、激しい旋律、ユーモア溢れるかけ声・・・・それに合わせて美しく、時に激しいダンス。

そして、いよいよ穐吉敏子さんの演奏です。
私がオーダーしていた曲が次々と演奏されていきました。
昨年は、子ども達にジャズが分かるのだろうかなどと心配しながら演奏会当日を迎えたのですが、そんな心配は2年目の今回は必要ありませんでした。
そんな音楽のカテゴリーは必要ないのです。
そこには、上質の音楽がある。
子どもは、分かるとかじゃなくて、感じ取ることができるのだ、と気づいたのです。

素晴らしい演奏でした。
そして、オーダーした最後の一曲が終わりました。
「そうそう、糸井先生からお願いされていた曲を最後に演奏しますね」
と、ポケットから、私がFaxで送っていた楽譜を取り出され、しばらく、鍵盤を見つめられた後、子ども達が見つけた4小節の音符を弾かれ・・・・・そこから先は、実に楽しそうに5~6分の即興演奏「宇治田楽」を演奏して下さったのです。

まさに、感無量でした。
勇気が沸きました。
今回の子ども達との取り組み「宇治田楽」では、停滞気味になっていた感がありました。
でも、アーティスト達の楽しそうな即興演奏を見ていると、停滞させているのは、自分だと思いました。
いろんなプレッシャーから、楽しむという気持ちが無くなっているのだと・・・・。

「ありがとうございました。穐吉さんに大きな拍手を・・・・」
と言いながら、演奏を終えた穐吉さんに近づいていきました。

と、穐吉さんは、一瞬何かを考えるような仕草をされ、近づいていく私にストップをかけ・・・・そして、ビアのの上に用意されていたマイクを取られたのです。
「えっと、依頼されていた曲は全て演奏したんですが、もう一曲、演奏させていただきたいと思います。」
私は、「?」でした。
もう一曲、演奏して下さる????もう、用意していたアンコール曲も終えているのです。

穐吉さんは、こう話を続けられたのです。
「9月11日、みなさんはアメリカで何があったか、知っていますか?」
こんな言葉で、子ども達に話しかけられたのです。

(以下、次号に続く)

音楽家、野村誠さんのブログはこちら!
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by sitoi | 2011-02-27 09:47 | Comments(0)  

2月26日 「明日の教室」の御案内

本日、13:30より、大阪市立鷺洲小学校にて、「明日の教室・大阪分校」が開催される。
私は、昨日に引き続き、参加させていただく予定でいたのですが、校務が入ってしまい、やむなく断念。
あの野口芳宏先生が御登壇されます。
当日も受付ていただけると思いますので、是非!
詳細は、こちらから!

来週は、「明日の教室」を京都橘大学にて開催します。
現在、定員100名が満席、キャンセル待ち状態となっています。
昨日、池田先生と相談し、急遽、更に広い部屋を会場とし、若干の増席を用意するとこにしました。
近日中に、HP上に反映されるはずです。
お申し込みは、こちらから!

尚、本日、「明日の教室・東京分校」にて、野中信行先生の講座が開催されますが、こちらも満員御礼。
ギリギリまで参加人数を増やしての実施となりました。

4月の「明日の教室」は、4月23日(土)。陰山英男先生の御登壇です。
是非、ご予定に組み入れておいて下さいね。
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by sitoi | 2011-02-26 10:13 | Comments(0)  

2月26日 続・穐吉さんと思い出(6)

穐吉さんをお迎えしての二度目の演奏会。
私は、三つの内容を演奏会の中に組み入れることにしていました。
一つ目は、子ども達の「宇治田楽」の披露。
二つ目は、野村誠さん・安那瑞穂さん・林加奈さんという三人のアーティストによる「創作・宇治田楽」
三つ目は、穐吉敏子さんの演奏会(一曲に「宇治田楽」という曲を依頼)

一つ目の、子ども達による「宇治田楽」は、途中経過です。
この演奏会で、刺激を受け、修正していければと考えていました。

二つ目の、アーティストによる「創作・宇治田楽」は、即興でやってもらうことになっていました。
昨年度、念入りな練習を積み重ね華麗なバレエを踊っていただいた安那瑞穂さんに、今年は、即興のピアノ演奏で、即興でコンテンポラリーダンサーとしてのダンスを依頼したのです。
同時期に知り合った林加奈さん(音楽家・美術家)も、参加して下さることになりました。
そしてダンスを支えるのが、野村誠さんのピアノです。

三つ目は、穐吉敏子さんの演奏会です。
以前、紹介したように、子ども達が感じ取った4小節の楽譜はアメリカに送付済みでした。
更に、演奏曲に関しても、今年は、私からオーダーさせてもらっていました。

さて、演奏会の数日前、穐吉さんからFaxが届きました。
そこには、東京から、新幹線で京都入りすること。
そして、「今回は、交通費だけでいいわよ」との一言が付け加えられていました。

「ん?交通費?どこからの?」
思わず、独り言をつぶやきました。

悩んだ末、そのお言葉に甘えさせていただいて、10万円を用意することにしました。

当日は、妻にも声をかけました。
「もう、こんな機会は一生ないだろうから・・・・」と。

そして、とうとう、穐吉敏子さんをお招きしての二度目の演奏会の日がやってきました。
天気は快晴。
私にとって、生涯忘れることのできない一日の幕開けでした。

(以下、次号に続く)
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by sitoi | 2011-02-26 09:22 | Comments(0)  

2月26日 続・穐吉さんとの思い出(5)

さて、二学期開始。
2001年9月、今も歴史の1ページに残る、大事件が起きた。
そう、アメリカで起こったテロ事件、今も「9.11テロ」と称される世界貿易センタービルに飛行機が突っこむという前代未聞のテロ事件の発生である。

繰り返し放映される爆発の場面を見ながら・・・・
「まさか、穐吉さん、大丈夫だろうなあ」と、。
すぐにアメリカにFax・・・・大丈夫という返事をいただきホッと一安心したのを今も覚えている。

そんな中、テレビカメラも入りながら、宇治田楽の創作を開始していった。
悪戦苦闘の毎日であった・・・。
当たり前だが、そんなに簡単に創作などというものができるわけがない。
まして、当時の私は、ワークショップというものに対して、無知であった。

つまり、創作というのは、
「教える」という授業では成立しない。
それは、「引き出す」ことであり、「シェアする(共有する)」という活動が必要になるのだ。
そのあたりのことが、まだ、自分の中で整理し切れていなかったのだ。

だから、教師である私は「空回り」する場面が多くあったと思う。

そんな中、ワークショップは何ぞや、ということを教えてくれたのが、野村誠さん(音楽家)であった。
ある日の授業・・・。
私にとって、忘れられない授業場面だ。

授業は、子ども達と、宇治田楽の一場面、コール(声のかけ合い)をどんな風に入れるか、ということを話し合う場面でだった。
私と野村さんは、TTのような形で授業していた。
「何か意見はないかな?」
と、私。
子ども達は、「・・・・・」

と、やんちゃな男の子が手をあげ、ふざけ半分に、
「だったら、猪木コールやろうや!」
と声にした。
あちらこちらから、笑いが起こる。

私が思わず「ふざけるな!」と声にしようとした瞬間であった・・・・。

「それ、いいやん」と、野村さんが、その意見に反応したのだ。
「えっ?」、逆にふざけていた男の子が驚いた顔をした。
「で、さあ、猪木コールやってみてよ。」
「いいよ。」と笑顔になる男の子。

何人かの男子で、猪木コール・・・をやってみせる。
「いいねえ、それ」と、野村さん。
そして、続けて、こう言われた。
「何かさあ、他の言葉も入れてみようよ」と。

その後、次々に手が上がり、コール部分が子ども達の手によって創作されていったのです。

もし、私が、「ふざけるな」と言っていたら、どうだったでしょう?

私と野村さんの力の差が出た瞬間だったのです。

こんな授業を体験した私は、宇治田楽を、子ども達が感じ取った曲のワンフレーズから全て創作させたいと考えていました。
しかし、学年の先生方とは、この部分では、対立することになってしまいました。
「それは、ちょっと無理なんじゃないか」と。
そして、学年の先生方の意見としては、
「基本の踊りの部分は、宇治の田楽に取り組んでおられる方から教えていただいて、それをもとにアレンジすれば・・・・」というものであった。

数日間、話し合いを持ったのだが、最後に私が、学年の先生に案に同意することとなった。
これは、間違っていた、と今は、思う。
学年の先生がそう考えるようになったのは、「私が不安そうにしていたから」の部分が大きかった。
時たま、校長室に呼ばれ、「うまくいくんやろうな」と、言われる私。
若い学年の先生は、呼びつけられ、「あんなんじゃうまくいくわけがない」と、非難を浴びていました。

私がしなければならなかったのは、
校長先生に対しても、学年の先生に対しても、笑顔で、
「大丈夫、大丈夫ですって」と、言い切る余裕の態度だったのだと思う。

さらに、校長先生に対してとらなければならなかったのは、いわゆる「ほうれん草」である。
生活指導の体制で、よく使われる言葉「ほうれん草」。
生活指導はチームで動く。だから、「ほうれん草を忘れるな!」と。
ほうれん草とは、「報告」「連絡」「相談」のことである。
これを欠くと、駄目なのだ。
当時の私は、この観点が希薄であった。だから、デスコミュニケーションを生み出してしまったのだ・・・。

そんな中、何とか、最低限の形になり、運動会を終え、いよいよ、穐吉さんを迎えての演奏会の日が近づいてきました。

(以下、次号へ続く)
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by sitoi | 2011-02-26 09:00 | Comments(0)  

2月26日 続・穐吉さんとの思い出(4)

9月からの授業のことを書こうとして、書き忘れたことがあるのを忘れていた。

まずは、学年のことだ。
当時のクラスは、3クラス。
当然、宇治田楽の取り組みは、学年の取り組みである。

学年の先生には、本当にお世話になった。
次から次へと、いろんな提案を繰り出す私に嫌な顔一つせず(いや、たぶん嫌だったろう。鈍感な私が気づかなかったというのが事実のような気もする)行動を共にしてくれた・・・。

この一年で、私は、チームリーダーということについて考えざるを得なかった。

この年、NHKの仕事をしていたことを書いたが、そのプロジェクトリーダーのNHKの方が、最初の集まりで言われた言葉が今も頭を離れません。
こう言われたのです。
「みなさん、一年間、どうぞよろしくお願いします。こうして集まったみなさんと、やってよかった。幸せだったなあと感じていただけるプロジェクトにしたいと思います・・・・・・。」

「幸せにるかぁ・・・・」・・・・・。
仕事の場で、そんな言葉を聞いたのは初めてでした。
でもね、これって、とても大切な言葉だと思う。

子ども達はもちろん、教師も幸せになる取り組み。

向山洋一さんの書かれた言葉で、忘れられない言葉がある。それは、
「教室は子ども達が生きている場だ。同時に、教師が生きている場でもある。だから、その一瞬、一瞬を大切にしたい。」(ん?何かちょっと違うな?)
でも、意味は分かりますよね。私たち教師も、人生の日々を教室という中で過ごしている。それは、かけがえのない一日一日なのだ。だから、幸せな日々でないとね・・・。

だからこそ、チームリーダーには、参加したみんなを幸せにする責任があるのだ・・・。

と、話をもとに戻そう。
2001年、夏、穐吉敏子ジャズ・オーケストラが一躍、マスコミに取り上げられることとなった。
それは、広島から委嘱され創りあげられた大作「ヒロシマ―そして終焉から」という曲を8月6日、広島に原爆が落とされた日に、一夜限りのコンサートで披露するという記事だ。
8月6日は、夏休みだが、出勤日・・・となっていた。

学年の先生に話を持ちかけた。
「8月6日、昼から年休をとって広島へ行こう。私が車を運転する。とにかく、生の穐吉サウンドを聴いてほしい。」と。

8月6日、学年の先生方と一緒に、私は、満員の広島厚生年金ホールにいた。
ジャズオーケストラの良さは、安物のオーディオでは再現できない。
生の音に触れたとき、身体中にその音のシャワーを浴びた時、その素晴らしさを感じることができる。
そして、この夜は、この一夜だけのために創られた曲の発表である。
素晴らしいコンサートだった。

帰りの車の中で、興奮さめやらぬ学年の先生方と、二学期からの夢を語り合った。
身体は疲れ切っていたけれど、それは、幸せな時間であった。
あの広いホールを満席にされる、あの圧倒的な音楽を創り上げられる穐吉さんに子ども達の前で演奏していただけるのだ・・・と。
ヒロシマ そして終焉から

*この時のコンサートの様子は、「ヒロシマ そして終焉から」と題したCDとなって発売されています。
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by sitoi | 2011-02-26 08:21 | Comments(0)  

2月25日 鷺洲小学校研修会

今週は、ハードな一週間だった。
火曜日が、最後の参観日
水曜日か、成績処理に関する仕事があって、
木曜日は、はつしば学園小学校との交流会
金曜日は、マラソン大会・・・・

で、マラソン大会が無事終了。4時間目の授業を終え、すぐに学校を出る。

昼食はなし。
とにかく、大阪へと急ぐ。

今日は、大阪市立鷺洲小学校の研修会に参加させていただくとになっていた。
何と、池田修先生@京都橘大学と、野口芳宏先生@植草大学のダブル授業が実施されるのだ。
で、私の仕事は、授業後の研修会をコーディネートすること、だ。

大阪環状線の福島駅を降りて、聖天通商店街を突っ切った所に、鷺洲小学校はあった。
授業名人のお二人が授業されるとあって、大阪市内、明日の教室のメンバーなども駆けつけ、50t~60名の先生方が参観されていた。
私は、13:30の授業開始時間に1~2分遅れたが、無事、到着。

池田先生の授業は、児童の知的好奇心を喚起させる「漢字指導」、
野口先生の授業は、野口先生の授業の神髄、児童の向上的変容を促す「詩の授業」であった。

で、その後、研修会。
私の役目は、参加者の学びをお互いにシェアする場をつくること。
ワールドカフェっぽい手法を取り入れて、進行していくことにした。
最後は、参加者の学びを視覚化(グループごとに学びを画用紙にまとめ、掲示)させ、それをもとに授業者のお二人に授業を振り返っていただいた。

その後、懇親会。
お腹のすくのも忘れた刺激的な一日であった。
校長先生も、懇親会に出席いただいた。
研究主任の先生も・・・・。
校内の研究会の場を私のようなものに進行を任せていただけたこと、本当に感謝、感謝である。
まさに、太っ腹・・・・である。

ああ、この学校で、川本さんは頑張ってきたんだなあ・・・。
何だか、川本さんの日常を垣間見ることができて、とても嬉しかったです。

懇親会では、野口先生の向かいに座らせていただいた。
名前を覚えていただいて、こうして、一緒にお酒を飲ませていただける日が来ることなど、10年前の私には想像もつかないことであった・・・・。
まさに、感謝の一日であった・・・。
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by sitoi | 2011-02-26 07:50 | Comments(0)  

2月24日 続・穐吉さんとの思い出(3)

翌日、ロデューサーからいただいた企画書をコピーして、校長室へ。
校長先生に企画書を手渡し、ドキュメンタリー番組の取材を受けた旨を伝えた。
「なあ、お前、これを昨日、初めて受け取ったってか?」
「はい。」
「デタラメを言うな。」
「いえ、本当に、昨日、初めて聞いた話です。」

「初めてで、何で、こんなに詳しい企画書が書けるんだ!」
「いや、何か、テレビではこういう企画書を作ってしまうようでして、私も驚きました。」
「どうせ、お前、今までさんざん打ち合わせして、最後の最後で、話を持ってきたんだろ。」
「いえ、そんなことはありません。」
「それに、何だ、この企画書の中の一文は。困難にめげずに立ち向かう糸井先生だと。ふざけるな。お前、好きなようにやってるだろ、ちがうのか。」
「はい、あっ、そんなこと書いてありましたか・・・。いや、もう、そしたら、いいです。別に、校長先生の反対をおしてまでやろうとは思いませんから。そしたら、断ります・・・。」

「馬鹿野郎。断れないんだよ!もう、教育委員会にも少し話がいってるんだ。」
「はっ?」
「教育委員会にNHKから打診があって、・・・・教育委員会からは受けるように話がきてるんだ。」
「はっ?」
「もういい。勝手にやれ。わしは知らん!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どうやら、NHKの方は、話がスムーズに進むように配慮して、教育委員会にも連絡されたのだろう。
総合学習の完全実施前である。
教育委員会としても、地元の教師が取り上げられるのはいい話だったに違いない。
しかし、事態は最悪であった。

実は、この年、校長が代わったのです。
やり手の校長だったものですから。自分の手の内で動く教師は目をかけられるのですが、私などはもともと気にくわなかったということもあるのでしょう。
この後、もう、何を言っても信じてもらえませんでした。

この状態で、私は、2ヶ月以上の密着取材と、NHKの番組の実践協力者と図書館用図書という3つの仕事を引き受けることになってしまったのです。

最悪の状態で、9月を迎えました。

ここから、一ヶ月、10月はじめの運動会で、まずは披露する。
その後、さらに、子ども達と修正を加え、11月の源氏祭りで、ホールで披露する。
これが私の考えた二ヶ月のスケジュール。
その間、指導する横では、いつも、カメラが回っているという状態です。

はっきり言って、当時は、随分、この校長を恨みました。
何もしていないのに、何で、こんなに責められなきゃいけないんだ。
人一倍、仕事だってやってる。
ふざけるな・・・・と。

でも、今にして思えば、やはり、私が悪いのです。
自由に実践をさせてもらっていながら、報告を怠っていた部分があったのです。
だから、信じてもらえなかったのだと思います。

さて、こんな中、私は、本格的な授業を始めまることになったのです。
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by sitoi | 2011-02-24 22:02 | Comments(1)