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7月30日 宇治橋通り商店街フィールドワーク

今日は、宇治橋通り商店街フィールドワーク。

10:00前に、宇治橋通り文教大学サテライトキャンパスに集合。
子ども達24名、文教大学学生12名が参加。
子ども達と学生で、6グループに分かれる。
子ども達4名と学生2名のチームになる。
これは、かなり理想的な数だと思う。

ちょうど一年前にも、夏休みのこの時期、宇治橋通り商店街でフィールドワークを行った。
赴任したばかりで、何の繋がりも持てない中、いろんな方にご協力いただいて実施したものだ。
参加した子ども達の数も6~7名だったと思う・・・。

一年たった今、文教大学と連携して、このような取り組みに発展させることができた。

7月初旬には、文教大学の方から、宇治市へ、以下のような広告(案)を提出していただいている。
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by sitoi | 2009-07-31 07:10 | Comments(0)  

7月29日 京北キャンプ二日目

朝食は、和食。
漬け物バイキングが、何とも京都らしい。

その後、朝の嵐山を散歩。
散歩途中の公園で、角倉了以の像を見つける。
角倉了以の石碑は、中書島にもあったっけ・・・・。
こういうほんのちょっとした発見が、後々、何かの拍子で繋がって一つの実践となることアリ・・・。
どこにでも、教材研究・・・・の可能性は転がっているのである。

10:00前に旅館をチェックアウト。
今日も京北町へ向かう。
昼間のドライブは快適。

1時間ほどで京北町に着く。
ゼミナールハウスに電話をかけ、今、どこで活動しているのかを確認。
川遊び中であることを確認。場所をお聞きし、川へと向かう。
天候は今ひとつだが、元気に川で遊ぶ子ども達を発見。

ゼミナールハウスの館長から、「一緒にどうぞ」とお弁当をいただき、川べりで一緒にいただく。

その後、ゼミナールハウスに戻り、演劇の練習。
妻が、子ども達の様子を見に行っている間に、私は、読書。
山の上にあるゼミナールハウスは、風も心地よい。
「とんび」(重松清著・角川書店)をゆったり読む。

夕方には帰宅し、のんびり・・・。
子ども達が、キャンプの中でつくった演劇は、土曜日に公演される。

8月1日14時~
会場:同志社大学クローバーホール

演劇終了後、シンポジウムも開催される。
無料公演である。多くの方に見ていただきたいと思う。
もちろん、私も見に行くつもりでいる。
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by sitoi | 2009-07-30 07:25 | Comments(0)  

7月28日 京北キャンプ

午前中、プール指導。
小雨の降りしきる中、決行するも、入るや否や、雨がきつくなり、1時間で切り上げる。

少し時間の余裕があったので、花笠つくり。
運動会で子ども達が踊る予定の「花笠音頭」では、花笠を持って踊ることになっている。その花笠の準備を夏休み中に終えてしまうことにしているのだ。
少しずつ・・・・・である。

午後からは、年休。
帰宅し、妻を待つ。
15:00、帰宅した妻と、嵐山へ。
今日から、二泊三日で、劇団衛星さんの京北キャンプが始まる。
今年で3年目の取り組みだ。

初年度は、ほんとに人が集まらず、「糸井先生の学校のお子さん達いかがですか」と言われたものの、参加費の問題等もあり、妻の幼児教室で声をかけてもらうことにした。
結果、たくさんの子ども達が参加してくれ、ことなきをえた次第だ。

以来、毎年、妻の幼児教室の子ども達が、たくさん参加してくれ(毎回、20名以上である)にぎやかで楽しいイベントとなっています。
そんな経緯なので、毎年、このキャンプには差し入れを持って、顔を出すようにしているのです。

今年は、娘のサッカー合宿の日と重なったので、嵐山に宿をとりました。
ゆったり宿でくつろぎながら、京北までを往復しようと考えたのです。
16:00、宿にチェックイン。
庭の美しい、いかにも嵐山といった宿です。
妻がコンピュータを情報を書き込む間、私は大浴場で、のんびり・・・・。
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夕方、途中で夕食を済ませ、差し入れを買い込み、京北へ。
ここは、京都市から北へ、北へ・・・・山の中の小さな町です。

到着すると、子ども達、元気そのものでした。
劇団衛星の方々も、さすがは、三年目。
見ていて感心するほど、うまく子ども達に声かけをし、統率していかれています。
劇団衛星代表の蓮行さんと、少し、秋のことについても相談しました。
本校で実施する演劇の取り組みについても、万全の準備が整ったようです。

21:30、子ども達が寝静まった様子を見て、京北を後にしました。
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by sitoi | 2009-07-29 14:48 | Comments(0)  

7月27日 夏休み

今日は、朝、少し遅刻してしまった。
学校に着くと、もうズラーッと車が駐車している。
夏休みに入って、もう一週間が過ぎるが、連日、多くの先生方が出勤されている。

10年前なら、こんなことはなかった。
教師は、夏休みは、自宅研修といって、いろんな場で、研修を行うことができたのである。
それが、今は、基本的にできない。
学校を離れる場合は、年休・・・・である。

それなら、もう少し楽しい、実りある研修を行えばいいのに・・・・と思う。
実は、来週、東大阪の研修会に講師として参加することになっている。
幼稚園、小学校、中学校の先生方が対象で、70名ほどが参加されるとお聞きしている。
楽しい、実りある研修の場にせねばならない。

今日は、学校で、午前中は、宇治市の社会科副読本の改訂箇所をチェックする仕事を済ませた。
社会科部からは手を引いたのだが、「これだけはやってほしい」と頼まれ、現状が分かっているだけに、断り切れず、これだけは引き受けた仕事だ。
書き出していくと、A4用紙2枚にもなり、すぐに、メールとFAXの両方で、担当校長のもとに送り、終了。

午後は、研修会用の資料を整理していく。
私に求められている内容は、「楽しい授業」「外部と連携した授業」「地域と密着した授業」の3つ。
この3つの内容を、50分で話すということになっている。
まともに話せば、1つの内容で、50分はかかるだろう。
使う資料を考えていと、アッという間に、16:00。

学年の先生も出勤されていたので、30日のフィールドワークの相談を少しして、(7月30日に、小学生と大学生が一緒に宇治橋通り商店街を散策するフィールドワークを実施する)、帰宅。

今日、朝から、娘は三泊四日のサッカー合宿。
夕方、義父が無事、退院。
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by sitoi | 2009-07-28 07:02 | Comments(0)  

7月26日 やっと、少し自分が見えてきたのかも・・・

10年前が一つの転機だったのだと思う。
つまり、40歳の時、である。
この話は、よくするのだが、今日は、改めて、そんなことを考えていた。

仕事の上では、いつまでたっても伸びない自分に苛立ち、半ば投げやりな気持ちさえなっていた。
暮らしの上では、自分の人生の後半戦をどうするか、に悩んでいた。

そうこうするうちに、仕事の上でも、暮らしの上でも、一大転機が訪れてきた。
というよりは、起こしたのだけれど・・・・。

まず、暮らし。
周囲の反対を押し切って、それまでのマンションから、今の一戸建の家に引っ越しを決めた。
多額のローンを抱えることになったのだが、それが、自分の人生の後半に大切なことだと思い、決めた。
誰もが反対する中、妻だけは、後押しをしてくれた。
いつものことだが、感謝している。

そして、仕事。
「総合的な学習」の導入前。多くの学校が、その研究に取り組んでいた。
当時、勤務していた学校も、そうであった。
私は、教科書のある教科学習の研究も十分にできない状況で、学校に丸投げされる「総合的な学習」がうまくいくわけがない。もし、うまくいかそうとするならば、「学校にはプロデューサーが必要だ」と考え、当時、名古屋の金城学院大学にいらした藤川大祐先生に、その旨をお願いすることにした。

私が、藤川先生にお願いしようと決めたのは、当時、見ていたテレビ番組が影響している。
それは、番組の中で歌手を育てるというもので、そこからデビューしたのが、ケミストリーであった。
彼らは、ものすごい数のオーディションの中から選び抜かれた逸材であったのだ。

で、私が注目したのは、「モーニング娘」であった。
彼女らは、オーディションを勝ち抜けなかった女の子達の集まりであった。
それを敏腕プロデューサー・つんくが、売れるようにプロデュースしていく過程を見せてくれたのだ。
全く無名で、しかも驚くほどの歌唱力もない彼女たちの歌が、あれよあれよという間に、日本中に流れていったのだ。

私は、その有り様を見ながら、こう思っていた。
「すげえ・・・。そうか、プロデュース次第で、さほど力がなくても、いい仕事ができるわけだ。ヒット曲になるんだ。大事なのは、プロデューサーだな。」
と。
ならば、たいした力のない教師だって、きちんとプロデュースしてもらえば、何とかなるんじゃないか・・・と。
学校をプロデュースできる人って、いるか?
どんな人なら、可能なんだ?
えっと、とにかくいろんな授業のことを知っていて、どんな教科内容にも対応できて、しかも、新しい教育観についても堪能で・・・・しかも、発想力に優れていて・・・・そんな人いるか?

あっ、いた。藤川大祐先生なら、可能だ。
そう思い、「私たちはモーニング娘になります。つんくになって下さい。」と連絡したのだ。
しかし、40歳の男が、モーニング娘になりますとは、よくもまあ、と思うが・・・・その時は、本当に、そう思ったのだから仕方ない。

その後、藤川先生とは、数年、何度も、授業づくりの過程で、いろいろ助言いただくことができた。
この数年間が、今の私を支えてくれている。
で、その時、藤川先生が言われた言葉は、今もしっかり覚えている。
「糸井さんがプロデューサーにならなきゃ駄目だよ」

この10年、いろんな出会いを繰り返し、やっと、今、自分をプロデュースするということの意味が分かってきたように思う。
今日は、この夏休み中に書きあげる予定の単著のプロットを書き出していた。
単著の中では、この10年のことを書くつもりだ。
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by sitoi | 2009-07-27 07:42 | Comments(0)  

7月25日 いやはや、勉強になりました

午前中、入院中の義父のことでバタバタしているうちに、アッという間に時間が過ぎていく。
気がつくと、もう家を出ないといけない時間・・・。
今日の研究会の会場は、ユトリート東大阪。

京阪電車で京橋まで行き、環状線で鶴橋へ。今度は、近鉄奈良線で、八戸ノ里駅で下車。
八戸ノ里駅を降りて、さあ歩こうと思った瞬間に、滝のような雨・・・。
一瞬でずぶ濡れになってしまい、やむなく、ロッテリアに避難。
珈琲を飲みながら、今日の発表をイメージトレーニングしようとするも、風邪の薬のせいでボーッとした感じ。
うーん、最悪である。

13:00前、開始時刻ギリギリに会場に滑り込む。
まずは、主宰者の河原和之先生から、問題提起として、「歴史学習から時代の風を読む」が報告される。
河原先生は、人物学習で育つ力を10の項目に区分してまとめられていた。
この内容が、今秋、発売される歴史本にも引用されると思う。

そして、問題提起の後、私を含め、4名の現場教師の「人物学習を通じて歴史の本質に迫る」の実践報告の時間であった。発表者は、歴史本の執筆に関わった教師である。自身の担当した人物の発表を行うことになっていた。
トップバッターは私。

最初に、会場の参加者にお詫びをすることにした。

「最初に3つのお詫びをしなければなりません。
1つ目は、他の発表者の方々の配布資料を拝見して、しまったあと思っていたのですが、私は、今日、鑑真についての発表しかしません。発表時間からして、一人しか無理だなあと自分で勝手に判断してしまいました。実は、私が担当していたのは、鑑真の他に、本居宣長、大隈重信があります。もし、今日、私の発表を聞いていただいて、これらの人物学習はどうなってるんだと思われた方がいらしたら、連絡下さい。資料はありますので、お送りしたいと思います。
2つ目は、実践報告となっていますが、私は実践はしておりません。実践するならと考えて書いたものです。今年は、3年生担任ですので、実際に授業にはかけておりません。
3つ目は、先ほど、河原先生から、壮大な問題提起がございましたが、私の報告は、河原先生の書かれている区分でいきますと、【人物から歴史に興味を持つ】に入る程度かなあと思っています。そのような内容になっていることも考え合わせてお聞きいただけれせばと思います。」

発表内容も、実は、他の先生方は生の原稿をそのまま印刷して持って来られていたのだが、私は、本になる前に原稿をお見せするのはよくないだろうと思い、原稿は印刷していなかった。
で、発問部分と説明を書き出したものと、教師用の指導書の関連部分をコピーしたものを配布していた。

実は、鑑真については、原稿執筆後も、教材研究が楽しくて、時間がある時に、あれやこれやと考えていた。
このことが、実は、人物にスポットを当てることの意義なんじゃなあいなあと思ったりしている。
私自身も、楽しいのだ。

で、そのあたりの内容をパワーポイントの内容として作っていた。

例えば、パワーポイントの入りは、木彫の肖像。
「これは、誰でしょう?」
鑑真の発表をします、と言って、これは誰でしょうもないものだが、用意したのは、行基のもの。
行基というのは、鑑真と並んで奈良時代の有名な僧だ。
鑑真について調べているうちに、「そういや、行基と鑑真って、会ったことあったのかな?」という疑問が沸いてきたのである。
で、2人の生きていた年を調べてみると、

鑑真   688~763
行基   668~749

かなり重なっていることが分かる。
しかし、残念ながら、鑑真が日本にたどり着いたのは、753年である。
その時は、もう既に、行基は死んでいる。
つまり、2人の出会いはなかったのである。

他にも、行基を調べてみると、各地にいくつもの像があることが分かった。
私が最初にパワーポイントでお見せしたのは、唐招提寺に保管されているものである。
そう、行基の像も唐招提寺に保管されているのである。
しかし、鑑真の像といえば、唐招提寺に保管されているもの一つである。
この違いは、2人の活動の違いに他ならない。
このあたりの比較も、ネタとして面白いなあと思った次第である。

まだ、本になっていないので、研究会で発表した発問の内容は、ここではまだ書けない。
本には書いていない部分での情報を少し紹介したい。

鑑真が日本にたどり着くまでの様子は「天平の甍」(井上靖著・新潮文庫)に詳しい。
実は、この本、映画化もされているのだ。
観たいなあと思い、レンタルショップに行ってみたのだが、置いてなかった。
「あぁ・・・」と思ったのだが、ひょっとしてと思い、Googleで、「天平の甍 動画」で検索してみた。
すると、何と、youtubeで視聴できることが分かった。
便利な世の中・・・である。

で、この映画版「天平の甍」での情報を一つ紹介した。
「さて、この天平の甍で使われた主題歌は何だかご存じですか?」
「・・・・」

実は、先日、偶然、昔の正倉院展の冊子を目を通していると、
「鑑真の手紙」と題した話が書かれていて、その話の終わりに、この主題歌のことが書かれていたのです。

実は、これ、「昴」(谷村新司)だというのです。
一番の歌詞は、これです。

目を閉じて何も見えず
哀しくて目を開ければ
荒れ野に向かう道より
他に見えるものはなし
嗚呼 砕け散る宿命の星たちよ
せめて密やかにこの身を照らせよ
我は行く 蒼白き頬のままで
我は行く さらば昴よ

会場からも、軽く、「へえーっ」との声が・・・。
「昴」と言えば、昔は、私もカラオケで歌ったこともあるが、いやはや、そんな曲だったとは・・・である。

実践報告後、さまざまな見地から、ディスカッションが繰り広げられた。
が、私は、もうボーッと座っておりました。

ただ、私が、この授業をつくる際に考えていたことは、
「単なる暗記の歴史学習にはしない。子ども達が興味を持って参加し、歴史学習にのめり込めるようなものにする」である。
ただ、ただ、それだけである。
難しいことを考え続け、最後は、できるだけ単純化していく。それが授業の本質だと思う・・・。
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by sitoi | 2009-07-26 07:20 | Comments(0)  

7月24日 充電と放電とは違う

夏休みである。
なのに、体調は最悪・・・である。
一日休めばと思うのだが、間の悪いことに、今日はプール当番なのである。
しかも、一日・・・である。

午前中、プールサイドで、子ども達を見ていると、フラフラ・・・といった感じ。
昼休み、わずかな時間を利用して、教材に使う写真を撮りに学校を出る。
代わりに昼食は、サンドイッチとカフェオーレ。

午後、もうフラフラながら、何とか、プール当番を終える。
教頭先生に一声かけて、少し早めに学校を出させていただく。

夏休み・・・である。
是非、このブログをお読みいただいている方は、「充電の夏」にしていただきたい。
あまりにも、「充電と称して放電の夏」を過ごしている方が多いようにお見受けするので、ご忠告である。
何とかならないのかなあって思ってしまう。

充電の夏を過ごせば、8月後半は、「よっしゃあ、やるで!」となるが、
放電の夏を過ごせば、8月後半は、「ああ、また始まる・・・」となる。

充電の夏を過ごせば、「あれも試したい、これもできるかも」と思いながら、二学期を迎えることになる。
放電の夏を過ごせば、「どうしよう・・・」と思いながら、二学期を迎えることになる。

是非とも、「充電の夏」にしたいものである。
これは、自分自身に言い聞かせている言葉でもある。

帰宅後、頭を冷やしながら、横になる。
気がつくと、外は暗くなっており・・・・2時間ほど寝てしまっていた。

その後、妻と2人で、入院している義父のお見舞い。

夜は、少し体調が良くなったので、DVDを観たり、読書したり・・・。
さて、明日は、研究会に参加だ。
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by sitoi | 2009-07-25 07:45 | Comments(0)  

7月23日 完全に風邪・・・です

午前中、補習最終日。
昨日気づいたことを試してみる。
つまり、なぞり書き練習のプリントを用意してみたのである。
結果、成功といってよいと思う。

今日は、早めに切り上げて、ジュースで乾杯!
嬉しそうな顔で帰っていった。

今日は、午後も学校で仕事をする予定だったのだが、どうにも身体が熱っぽい。
午後は、年休をいただいて、スーパー銭湯へ。
私は、身体の調子が悪い時は、とりあえず、銭湯へ行って、ゆったり風呂に浸かることにしている。
で、その後、ちょっと有名なラーメン屋へ行って、汗をかきながら、ラーメンを食す。
で、本屋にぶらっと立ち寄って、「風が強く吹いている」(三浦しをん著・新潮文庫)を購入。

ふらつきながら帰宅すると、「明日の教室 第4巻」が届いていた。
「明日の教室」第4巻は、「子どもに接する・語る」というテーマである。

執筆者は次の人たちである。

青山新吾(岡山県教育庁指導主事)

赤坂真二(上越教育大学准教授)

北川達夫(日本教育大学院大学客員教授)

中村健一(山口県岩国市立平田小学校教諭)

野中信行(横浜市立子安小学校教諭)

平田オリザ(劇作家・演出家/大阪大学大学院教授)

藤田恵子(埼玉県所沢市立和田小学校教諭)

山口裕也(東京都杉並区立済美教育センター主任分析官/経営支援スーパ ーバイザー)

山田雅彦(東京学芸大学准教授)


よくもまあ、これだけのメンバーに執筆いただけたものだ。
「子どもに接する・語る」というテーマなら、是非とも、平田オリザさん、北川達夫さんには執筆いただきたいと考えた。お二人とも、快く応じて下った。このお二人の内容を読むだけでも、買う価値があります。
いやいや、もちろん、それだけでないのは、執筆者をご覧いただければお分かりいただけると思いますが・・・。
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by sitoi | 2009-07-24 06:21 | Comments(0)  

7月22日 きっかけを見つけねば・・・

今日の補習は、結局、3時間以上に及んだ。
一人の男の子は、ものすごく字の形が乱れてしまう。
乱れてしまうのを通り越して、判読不明といった感じになってしまうのだ。
鉛筆の持ち方も、何度言っても、グーで握りしめるようになってしまう。
で、補習で、漢字練習をさせるのだが、マス目に入らない状態で持ってくる。

一学期、実は、驚いた場面があった。
それは、その男の子が算数の授業で、黒板に答えを書いた時だった。
黒板に書く字は、ノートに書く字よりも、かなり乱れてしまうのが普通である。
「みんなが読める字が書けるかなあ」
と、心配しながら見ていると、
これが、どうしたものか・・・他の子よりも、きれいに乱れない数字を書いたのである。
思わず、「うわあ、きれいに書けるやん」と言うと、クラスの子ども達も、「ほんまや、うまいやん」と、拍手が起こったのでした。

練習させながら、その場面のことを思い出していました。
「ひょっとして、字の大きさか?」と。
ならば、今の形で無理に練習させるより、・・・・1年生なら、どうする?と考えました。
「なぞり書きか」と思い、赤ペンで、私が一度、書いたものをなぞらせることにしました。
・・・・うまくいきました。

明日は、もう少し大きなマス目の練習プリントを用意し、私が赤ペンで書いた上になぞり書きで練習させようと思う。
できないことができるようになるきっかけを見つけねばなりません。それが、個に対応するということなのですよね。きっかけさえ見つければ・・・・そう考えています。

補習に来ているもう一人の男の子は、リコーダーの進級表を最後まで合格することができませんでした。
今日は、リコーダーの練習をさせました。
階名が読み取れないので、黒板にドレミの位置を書きました。
そして、自分で、階名を書いていかせるところから始めました。
何度も練習するうちに、上達していくのが分かります。
本人も、うまくなっていくのが体感できるので、頑張りました。
この子は、もう大丈夫かなと思います。

明日は、補習の最終日です。
ジュースで乾杯して、終わろうと思っています。

午後は、教室にこもって、いろんな提出書類を仕上げました。
保健簿も含めて、全て仕上げました。

夕方、ビールを飲むと、途端にしんどくなり、ダウン。
どうやら、風邪をひいてしまったようです。
・・・・週末の研究会に備えて、体調を戻さないと。
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by sitoi | 2009-07-23 06:51 | Comments(0)  

7月21日 夏休み恒例の・・・

今日から、夏休み恒例のクラス補習。
今年は、今日から3日間、取り組む。
補習を3日やったって、できない子どもができるようにはならない・・・と、声高に叫ぶ教師も多い。
その通りだと思う。
3日で、できなかった子どもをできるようにするなどとは思っていない。

そもそも、私が補習に呼ぶのは、できない子どもではない。
やらなかった子なのです。

毎年、春のうちに、子ども達には、こんな話をするようにしています。

「同じように頑張ったって、同じようにできるようにはならない。ほら、たとえば、自転車の練習、小さい頃にしたでしょ。すぐに乗れるようになった人もいるよね。でも、何度やっても乗れなかった人もいるでしょ。でもね、大事なのはできない時だよね。あきらめたら、それで終わりだよね。何度やっても乗れなかった人も、何倍も練習すれば乗れるようになるよね。だから、できない人を馬鹿にしたら駄目!だけど、できないのに練習しない人は・・・・駄目だよね。先生は、夏休みに補習をします。来てもらうのは、練習しなかった人です。いいかい、努力は裏切らない。頑張ろう。」

6月になると、提出しなければならないものを発表します。
たとえば、漢字ノート1冊完了、漢字ドリル完了、計算スキル完了、リコーダー進級表完了、などです。

ところが、毎年、2人程度は、完了できない子がいるのです。
これは、私が悪いのです。
私は、最後まで、その子達の自主性に任せます。
そして、やっぱり、出せないのです。
つまりは、私の言葉が、その子達に届いていないのです。

だから、夏休みは、その子達と、やりきるというのはどういうことなのかを体感させるのです。
そのための、3日間なのです。
できなくたっていいのです。私が望むのは、できない時に、あきらめない子ども達なのですから。
・・・・それでも、やっぱりできないかもしれません。
でもね、それが人生ってもんですよね。

今日は、一日、雨、雨、雨・・・・。
うーん、どうなってるんだい。
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by sitoi | 2009-07-22 07:44 | Comments(2)